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東京地方裁判所 平成6年(ワ)23525号 判決 1995年6月23日

原告

森塚俊彦

右訴訟代理人弁護士

藤岡淳

被告

医療法人社団明芳会

右代表者理事長

中村哲夫

右訴訟代理人弁護士

平沼高明

加藤愼

右訴訟復代理人弁護士

加々美光子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成六年一二月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  判断の基礎となる事実

1  高田保は、平成二年三月一六日、腹痛を訴えて被告の経営する新葛飾病院(以下「被告病院」という。)を受診し、同日、入院して検査を受けた(この入院を「第一回入院」という。)。検査の結果、同人は胃潰瘍との診断を受け、その後、腹痛も軽快し、手術をしなくても治癒するとの説明を受け、同年四月五日に退院した。

原告は、当時、週一回被告病院に勤務する非常勤医師であり、高田の第一回入院時には、診療に関与しなかった。

2  高田は、平成二年四月一一日、再び腹部に痛みを感じ、再度被告病院を受診し、虫垂炎との診断を受け、同月一三日、原告の執刀により手術を受けた。その後、高田は同年五月二四日まで入院し(この入院を「第二回入院」という。)、同日退院した。

右入院期間中である同月一一日の入院診療録には、「HA抗体(+)、IgM―HA(一)、まだ新しい」との記載がある。これは原告が記載したものである。原告は、高田のHA抗体がプラスであることから、A型肝炎である可能性が濃厚であると考え、A型肝炎であるかどうかを確定するためIgM―HA検査をすることを考えたが、その日の夕刻、IgM―HA検査の結果がマイナスと出ていることを知り、この検査結果により、高田の急激な肝機能の低下の原因がウイルス性でない可能性が高くなったことから、「まだ新しいタイプのウイルス性肝炎(C型肝炎)か、あるいはウイルス性以外のさまざまな肝炎の可能性を考えなくてはならない」と書くべきところを、単に「まだ新しい」とのみ記載したものである。

3  高田は、平成二年七月七日、再び腹痛を感じ、検査の結果、A型肝炎及びB型肝炎と診断され、被告病院に三度目の入院をした(七月二八日退院)。

4  高田は、平成五年一月、被告を相手方として、第一回入院の際の診察において盲腸炎を見落とした過誤及び第二回入院の際に看護義務違反によりウイルス性肝炎に感染させた過誤を理由として、四四〇万円の支払を求める損害賠償訴訟を当庁に提起した。

5  ところが、高田の訴訟代理人は、右訴訟における平成五年一一月一八日付け準備書面において、前記2の診療録の「まだ新しい」との記載を「A型肝炎まだ新しい」との記載であると解釈した上、なぜそのような記載をしたのかの釈明を求める旨主張するに至った。

6  右訴訟において被告の代理人を勤めていた堀井敬一弁護士は、右釈明に答える準備書面を提出する期限が平成六年一月一七日とされたため、その準備を目的として、被告病院の医師に右診療録の記載の趣旨について尋ねたが、記載をした原告自身に聞かなければ分からないとの答えであり、すでに原告は被告病院を退職しているとのことであった。そこで、同弁護士は、被告病院から原告が国立療養所東京病院に勤務していることを教わり、平成五年一二月ころ、原告に右の点を質問するために電話をした。

この電話を受けた原告は、高田から被告に対して訴訟が提起されていることは承知していたが、被告病院に勤務中、その診療態勢に疑問を持ち、是正を求めても実行されなかったことから、被告に積極的に協力する気持ちになれず、また、医師には守秘義務があり、電話の相手方が被告の代理人弁護士であることは電話では確認できないこともあり、当該質問には答えられない旨及び証人としての出廷要請があれば、出頭して証言する用意はある旨答えた。

その後、右堀井弁護士のほか、平成六年二月一七日には、同弁護士の事務所の所長である平沼高明弁護士も原告に電話をしたが、原告からは診療録についての説明は得られなかった。

7  一方、原告は、平沼弁護士から右電話を受けた翌日、原告が被告病院に勤務していた当時の事務長(その後被告病院を退職)である中野に電話をし、中野元事務長が同席するのであれば、二月二一日に弁護士に事情説明をしてもよいとの意向を伝えたが、同日には中野元事務長からは何の連絡もなかった。

8  被告は、平成六年二月二一日、原告に対し、右訴訟に関し訴訟告知をし、同月二三日、訴訟告知書が原告に送達された。

(以上の事実は、当事者間に争いのない事実、弁論の全趣旨及び原告本人尋問の結果により認められる。)

二  原告の主張

1  訴訟の提起が相手方に対し負担を与えるのと同様に、訴訟告知も、相手方に対して負担を与えるものである。そのため、民事訴訟法上認められた制度とはいえ、その行使には慎重な配慮が要求されるのであり、不必要かつ恣意的な行使は厳に慎まなくてはならず、これを逸脱した訴訟告知は、違法として不法行為を構成する。原告に対する訴訟告知は、恣意的なものであり、かつ、不相当なものであり、まさに不法行為を構成するものである。その事情の詳細は、訴状請求原因中の四及び五記載のとおりである。

2  原告は右不法行為により補助参加を強いられることとなり、これによって、弁護士費用四〇万円及び精神的損害六〇万円の合計一〇〇万円の損害を被った。

三  争点

1  被告がした訴訟告知が不法行為を構成するか

2  原告に生じた損害の額

第三  争点に対する判断

一  被告がした訴訟告知が不法行為を構成するか

1  裁判を受ける権利は、広く国民に保証された基本的権利の一つであり(憲法第三二条)、民事訴訟法第七六条第一項に定める訴訟告知は、裁判を受ける当事者に法律上認められた防御の手段であり、裁判を受ける権利の行使が当事者の自由に委ねられているのと同様に、訴訟告知も、基本的には、訴訟告知をする当事者の自由に委ねられているものである。したがって、後に得られるべき判決に照らして当該訴訟告知に法的有効性が認められない場合であっても、そのことから直ちに訴訟告知が違法になるわけではない。

しかし、訴訟の当事者が当該訴訟告知に法的有効性がないことを知りつつ、訴訟告知を受けた相手方を困惑させるために訴訟告知をしたような場合、又はその訴訟告知に法的有効性がないことを容易に知りうべきであるにもかかわらず、初歩的な調査を怠って軽率にも訴訟告知に及んだような場合、その他訴訟告知の自由を制限されてもやむをえないような特別の事情がある場合には、その訴訟告知は違法となり、不法行為を構成することがありうる。

そこで、本件において、被告がした訴訟告知を違法とする特別の事情があるかどうかについて検討する。

2  前記第二の一記載の事実によれば、被告の原告に対する訴訟告知は、被告が高田から損害賠償請求訴訟を起こされ、これに応訴して十分な訴訟活動をしなければ敗訴するおそれがあり、その応訴活動の一つとして行ったものであること、右訴訟においては、現に原告が記載した診療録の文言の趣旨が争点として相手方から提示されており、被告はこれに答える負担を負っていたこと、その調査のために被告代理人である弁護士が原告に電話をしたが、原告からは任意の回答が得られず、どのような要件を満たせば任意の回答が得られるかの説明もなく、証人として出廷要請があれば法廷で答える旨の説明しか得られなかったこと、原告は高田の盲腸炎の手術をした担当医であり、診療録に右のような記載をした者でもあることから、被告代理人としては、原告から任意の協力が得られなければ右訴訟の遂行上困難が予想されると考えたこと、右記載部分の趣旨は、記載者である原告にしか分からず、被告代理人がそのように考えることには、一応の合理性があったことが認められ、右認定事実によれば、被告が原告の任意の協力を得られないために右訴訟において敗訴する可能性がある場合、最終的にどのような理由で敗訴するかは別として、とりあえず訴訟告知をしておくことは、被告の防御の方法として許されないわけではないものということができるのであり、したがって、被告が原告に対してした本件訴訟告知について、これを違法とする特別の事情があるものと認めるのは困難である。

3  したがって、被告の原告に対する訴訟告知が不法行為を構成することを認めるに足りる証拠はないものといわなければならない。

二  結論

よって、原告の請求は、原告に生じた損害の有無について判断するまでもなく、理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官園尾隆司)

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